第2部 立川断層調査 1 調査結果   立川断層は、青梅市小曽木(おそぎ)笹仁田(ささにだ)峠付近から国立市谷保(やほ)まで、  北西−南東方向に続く断層です。この断層は約21kmにわたって武蔵野台地とその北側の丘陵に高  さ数mから数10mの高度差を生じさせていますが、地表部では地層のゆるいたわみとなって観察  されるだけです。これまでの調査により、断層は約5,000年間隔程度で活動することがわかっ  ています(最も活発に動く活断層より活動度は一桁小さい)。最新の活動は北部の霞川(かすみが  わ)付近では約1,400〜1,800年前と考えられており、最近多摩市一宮(いちのみや)で  みつかった約1,000年前の断層活動の痕跡も、立川断層との関連性が指摘されています。   今回の調査では、立川断層全体の活動時期や立体的な構造を明らかにするために総合的な調査を  行いました。その結果、これまで地形的な特徴から活断層と考えられてきた立川断層が実際に動い  たことの証拠を初めて確認することができ、断層が過去にも繰り返し活動していたことがわかりま  した。 2 調査の概要 (1)断層でせき止められた川    立川断層が霞川(かすみがわ)を横切る地点では、断層が動くことによって下流側がせき止め   られるために上流側に低湿地ができ、それを削ってまた新しい川の流路ができるということを繰   り返していると考えられます。今回の調査ではトレンチ(調査用の溝)とボーリング(小口径の   穴をあけて地層を取り出す)によって低湿地の地層と川の流路をみつけ、それらの形成時期から   断層の活動時期を推定しました。その結果、上流側にたまった地層を大きく削るようにして流路   ができた時期は、約2万年前から現在までの間に3〜4回あることがわかりました。この時期の   間隔は立川断層が動くパターンを示している可能性があります。 (2)地下の断層のずれ    青梅市今井付近の金子台で平成10年度にボーリングを掘削し、立川断層の地下でのずれの量   を調べました。その結果、立川断層は過去数十万年間に繰り返し活動していたことがわかりまし   た。 (3)池の底から読みとる断層の動き    瑞穂町にある狭山ヶ池は江戸時代初期に旧狭山ヶ池(筥<はこ>の池)を人工的に排水したあ   とに残った池です。筥の池は、断層によって川がせき止められてできた池と考えられています。   今回の調査では、筥の池の跡と考えられる平坦地でボーリングを掘削し、地層の中に断層の動き   を示すような痕跡あるかどうかを調べました。池の底にたまった地層を薄切りにしてX線を照射   すると、肉眼では見えなかった模様が見えます。調査の結果、今から約17,000年ほど前に   池の底の泥や砂粒のたまり方が急に乱れるような「事件」が起こっていたことがわかりました。   このような事件は洪水などでも起こりますが、断層が動いて池に土砂がもたらされるような環境   の変化があった可能性も考えられます。 (4)立川断層の地下構造    武蔵村山市三ツ木(みつぎ)と立川市泉町では断層の地下深くの構造を調べるために、反射法   弾性波探査を行いました。この調査では、機械で人工的な地震動を発生させ地下の地層から反射   してくる振動をとらえて、地層の傾きや断層による切れ目の有無などを断面図のように表します。   調査の結果、断層付近では地層が大きくたわみ、地下深部では断層を挟んで岩盤が大きくずれて   いることがわかりました。 (5)断層で流路を変えた川    国立市谷保(やほ)付近には湧水を水源とする矢川が流れています。矢川の流路は立川断層の   近傍で向きが急に東から東南方向に変わります。この原因としては断層が動いて下流側が隆起し、   断層に沿って流路が曲がったことが考えられます。今回の調査ではボーリングで採取した地層の   年代をはかって流路変遷の時期を求めることにより断層の活動時期を推定しました。また、矢川   の中流域では断層近傍でトレンチ調査を行い地表付近の断層の構造を調べました。その結果、立   川断層は今から約12,000〜14,000年前に活動した可能性が高いことがわかりました。   また矢川は約5,000年前から現在の台地の上を流れるようになったと推定されること、それ   以降の時代にもう1度流路が変わったらしいことがわかりました。 ●立川断層調査の参考資料(一般にも入手しやすいもの)  「活断層とは何か」 池田安隆、島崎邦彦、山崎晴雄(東京大学出版会)  「活断層」               松田時彦(岩波新書)  「地震と活断層の本」 小出仁、山崎晴雄、加藤碵一(国際地学協会)